ギャラリー

亜子ちうエピソード1(chisame-side)

3月、教室。

千雨はひとり、パソコンの画面とにらめっこしていた。

「あったあった……修正、と。 ったく、また増えたんじゃないか?」

パームトップのディスプレイに映し出されているのは、バニーガールの衣装をまとった自分の写真。
写真の肌を食い入るように見つめ、カスタムされたブラシで細かく修正をいれていく。 例えば、にきびとか。

「うわ、目にクマまで出来てる……最近、深夜のチャットが多かったからなぁ…気をつけないと」

言うが早いか、クマは素早く修正され、まったく分からなくなった。もはや職人芸である。
もの凄いスピードで1枚の修正を終え、次に画面にはセーラー服姿の千雨が映し出された。

……そこで、はたと手が止まった。
教室の扉が開けられ、体操服姿の少女が入ってきたのだ。
とっさにフォトショップを最小化する千雨。 素知らぬ顔で、突然の訪問者に目をやる。

入ってきたのは、出席番号5番、和泉亜子。
亜子は、教室に千雨がいるのを見て、少し迷ったような素振りを見せたが、やがてゆっくりと自分の席に腰を下ろした。
普段からおとなしめの生徒ではあるが、何か今日は特に元気が無い、と千雨は感じた。 どうにも覇気が無い。

亜子が席に座ったのをしっかり確認して、千雨は修正を再開した。
わざわざ放課後の教室に残って作業しているのには、それなりの理由がある。 どんな理由かの説明は割愛するが、とにかく急いで仕上げなければならない。

しかし、3つ目のにきびに取り掛かろうとしたところで、またしても千雨の手が止まった。
前方から、わずかに、すすり泣く声が聞こえていた。

(……え? 泣いてる?)

教室にいるのは二人だけ。 自分が泣いてないのなら、泣いてるのはもう一人の方で間違いない。 この教室に幽霊でもいない限り。

(なんで泣いてるんだ? こいつ)

意味が分からない。 自分が何かしたのだろうか? いや、何もしてないし。 あ、何もしなかったことがダメなのか? って、なんだそれ?
色々考えが巡ったが、千雨はとりあえず考えるのを止めた。 今はそんな場合じゃない。 急いで修正を終わらせなければならない。

グリグリグリ(修正する音)
…すん……すん……ぐす

グリグリグリグリ
…ぅっ…えぅ…ぇっ……

グリグリグリグリグリ
うっ…えぅっ……ぐすん…

…………………………
あぅぅ…すん…ぐすん……ぇぅ…

(……………………)
(……うっとおしい)

これでは集中できない。
千雨は困った顔で亜子を見た。 しつこいようだが、とにかく急いで作業しなければならないのだ。

「ふぅ…」

しょうがないといった感じで、ひとつため息をついて千雨は立ち上がった。 前に歩を進める。
亜子の後ろまで来ると、おもむろに肩に手を置いて、語りかけた。

「よく分からんが、泣くな」(うっとおしいから)

亜子はビクッとして、ほけーとして、それから、かぁぁっと顔を赤くして押し黙った。
千雨は、やっぱりよく分からないながらも、とにかく亜子が泣き止んだことに満足して席に戻った。ひとり、作業を再開する。


5分ほど経った頃、亜子は突然元気よく立ち上がり、廊下に向かって走り出した。
かと思うと、扉からまだ赤い顔を覗かせて、恥ずかしそうにこう言った。

「ありがとう、長谷川さん!」

廊下を走る音が聞こえる。元気な音。

最後までよく分からなかった千雨は、ぽかんとして窓の外を見た。
桜の散る中、校舎から出てきた亜子が元気に駆けていった。

→ AKO Side

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