+あこちうエピソード1(ako-side)
亜子は、とぼとぼと廊下を歩いていた。
ついさっき、卒業生のセンパイに告白したあと、逃げるように校舎へとやって来たのだった。
フラれた。
その事実が、重くのしかかる。
覚悟はしていたはずだった。 こうなることは予想できていた。
それでも、それでも。
この、どうしようもない気持ち……抑えられない。
*
教室の扉を開ける。 誰もいないと思ったので、一人、先客がいたことに驚いた。
出席番号25番、長谷川千雨さん。あんまり話したこと無い、ちょっと恐そうな人。
本当は、一人になりたかった。
でも、何故か、亜子は教室に入っていた。 そっと自分の席に座る。
「ふぅ……」
椅子に座って落ち着いたら、いろいろなことが思い出されてきた。
センパイとのことはもちろん、部活の皆のことや、兄貴のこと。
そして何より、仲良しの友達のこと。
はじめて、まき絵にセンパイのことを相談した時のこと……
裕奈に、「デートにいいよ」とちょっとお洒落なコーヒーハウスを教えてもらったこと……
挫けそうになった時、アキラに「頑張れ」って何度もなぐさめてもらったこと……
考えれば、考えるほど……
思い出せば、思い出すほど……
悲しみは大きく、膨れ上がって、そして。
……涙が、こぼれた。
悲しい。悲しい。悔しい。悲しい。
何でこんなに辛い想いしなければならないんやろう……
こんなに苦しいなら、告白なんてしなければ良かった。
こんなに悲しいなら、好きになんてならなければ良かった!
恋なんて……しなければ良かった…!!
“ポンっ”
突然肩を触られて、亜子はビクッとして顔をあげた。
後ろに千雨が立っていた。
そして……
「よく分からんが、泣くな」
一言。本当に一言、そう言われた。
その言葉の意味を理解するまで、長いことかかった。
(あれ? ウチ、なぐさめられてる?)
そう分かった瞬間、ものすごい恥ずかしさがこみ上げてきた。顔が赤くなっているのが自分でも分かるほど。
亜子がうつむいて押し黙ると、千雨は自分の席に戻ってしまった。
(あれ? あれ?)
おかしい。
さっきまで、あんなに心を占めていた悲しみの気持ちが、ウソのようになくなっていた。
(長谷川さん、ウチのことなぐさめてくれたんや)
代わりに、胸の奥。 くすぐったいような、気恥ずかしいような気持ちが入り込んでいた。
(あんま話したことなかったけど、いい人なんやなぁ…)
暖かい春の日差しのような、大らかに包み込まれるような気持ち。
(あぁ…お礼、言わな……)
顔をあげると、一枚の花びらが目の前を横切った。 目で追うと、風にあおられて廊下へと飛んでいく。
「ふふ……『サクラチル』…か」
亜子は立ち上がり、花びらを追った。 廊下に出る。
はっと気づいて、また教室に顔を突っ込んで言った。
「ありがとう、長谷川さん!」
踵を返すと、晴れやかな笑顔で、花びらを追いかけた。